大阪・関西万博が大きな話題となった2025年、Web3界隈で「万博さん」と呼ばれた人物がいる。HashPort代表取締役CEOの吉田世博氏だ。大阪・関西万博では、万博史上初の “完全キャッシュレス” の一翼を担う「EXPO2025デジタルウォレット」を提供。最終的に約100万ダウンロード、約590万取引を記録した。

万博終了後には「HashPort Wallet」へと名称を変更。10月に登場した国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」にも即座に対応し、JPYCのユーザー拡大の一因となった。11月には、JPYCでの支払いに対応した「HashPortカード」の発行を開始した。

そして2025年後半のビッグニュースのひとつが、同社とKDDIの資本業務提携だ。KDDIはすでに「αU wallet」を展開しているが、事実上、HashPort Walletへのシフトを選択したと言える。12月には「au PAY」との連携がスタートし、日本中に1.2億人の会員を持つ「Pontaポイント」が、ステーブルコイン「USDC」、ラップドビットコイン「cbBTC」と交換できるようになった。

ちなみにPontaポイントと交換できるUSDCは、米暗号資産取引大手Coinbaseが提供するL2(レイヤー2)ブロックチェーン「Base」上のUSDC。また、cbBTCは、ビットコイン(BTC)と1対1で裏付けられたイーサリアムブロックチェーン互換の「ERC-20トークン」で、CoinbaseがBase上で提供している。

日本を代表するポイントであるPontaポイントが、「ウォレット」や「USDC」のみならず、「レイヤー2」「ERC-20」といったWeb3/ブロックチェーン用語とともにニュースに登場している──ほんの1年前には見られなかった事柄が目の前にあることは感慨深い。

万博にフルベット

吉田氏は2025年を「ステーブルコイン市場が大きく前進した1年だった」と振り返った。そして「ステーブルコインとアンホステッドウォレットは対になっている存在。100万以上のユーザーを集めることができたことは非常に大きな収穫だ。アンホステッドウォレットは、秘密鍵とガス代(取引手数料)の問題をクリアできれば、多くの人に受け入れられることが立証できたと考えている」と続けた。

HashPortがEXPO2025デジタルウォレットを発表したのは、2023年10月。当時、万博の盛り上がりを予測できた人は少なかっただろう。

「万博に全リソースをフルベットして、HashPort創業以来最大の赤字を覚悟して取り組んだ。私たちは協賛企業の立場を選択したので、万博協会から一切予算をいただいていない。協賛企業として費用をすべて持ち出しで取り組む代わりに、万博終了後にウォレットアプリ本体とすべてのユーザーをレガシーとして引き継がせていただくことを協賛契約でお約束いただいた。まさに万博での成否に社運を賭して挑んだ」

alt 〈万博会場での吉田社長|撮影:NADA NEWS編集部〉

吉田氏は万博開催中、会場に25回足を運んだ。

“実験場”の成果

大阪・関西万博の成果について吉田氏は、BtoB、BtoCの2つの側面でウォレットの有用性を証明できたことと捉えている。BtoBでは、170以上の企業、自治体、パビリオンがウォレット内の「ミニアプリ」をノーコードで開発した。「ミニアプリ」は、NFTチケットの発行やNFTロイヤリティプログラムの利用、さまざまな場所でのNFTスタンプラリーで利用された。「デジタル資産で人の流れを変えることができることを多くの企業や自治体が実感できたのではないか」と吉田氏は述べた。

一方、BtoCでは「EXPOトークン」と「ミャクミャクリワードプログラム」をあげた。いずれも詳細は期間中の万博レポート記事で触れている。

「EXPOトークン」は、万博後を見据えて、吉田氏が一番やりたかったことだろう。1ポイント1円として利用できる決済用ポイントで、EXPO2025デジタルウォレットで認証済みのユーザー間なら移転も可能。さらに万博独自の電子マネーサービス「ミャクペ!」、つまりはVISAプリペイドカードにチャージして、万博会場だけでなく、日本中、さらには世界中のVISA加盟店で利用できる仕組みを実現した。

「日本において、一定レベルの認証を行ったユーザーが、トークンを既存の決済ネットワークで利用することを実現できた。これは非常に実り多い実験になった」

大阪・関西万博はコンセプトに「未来社会の実験場」を掲げた。HashPortにとって、万博はまさに絶好の実験場となった。

通信キャリア×ウォレット

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万博は “未来社会の実験場” だったが、2026年に問われるのは「実験の成功」ではなく、現実社会への定着だ。

日本を代表する通信会社であり、Web3関連ビジネスを積極的に展開するKDDIとの提携は、HashPortにとって2026年の「本格展開」を左右する試金石となる。

Web3において、ウォレット、正確にはアンホステッド(またはノンカストディアル)ウォレットは資産を管理するツールであり、Web3サービスを利用するためのアカウントとなる。Web3における財布であり、パスポートと考えるとわかりやすい。

ウォレットをどう普及させるか──これがWeb3の社会実装の最大の課題であり、現在、最も有利なポジションにあると想定されるのが通信キャリアだ。Web3の基盤となるブロックチェーンは「価値のインターネット」であり、インターネットに接続するには通信が不可欠だからだ。

通信キャリアがスマートフォンに自社ウォレットを搭載する戦略は、文字通り正攻法中の正攻法となる。事実、KDDIはWeb3ウォレット「αU wallet」を、NTTはグループ会社のNTT Digitalが「scramberry WALLET」をリリースした。

だが、自社エコシステム(経済圏)拡大を目指す通信キャリアにとって、Web3領域は将来の可能性は大きくとも、現在の市場規模がまだ小さい。金融サービスでいえば、銀行、証券など、伝統的サービスを拡充することが優先される。scramberry WALLETは、2025年9月にアプリ提供終了を発表、KDDIはHashPort Walletへのシフトを選択した。

PayPayを傘下に持つソフトバンクは、Web3ウォレットには消極的に思えたが、2025年10月にBinance Japanとの提携を発表(株式40%を取得)。Binance Japanのアプリやウェブ上でPayPayマネーを使って暗号資産を購入したり、売却代金をPayPay残高にチャージできるようになった。連携が今後、より拡大することは容易に想像できる。

ウォレットの役割変化

HashPortとKDDIは2023年7月にWeb3領域での包括的協業検討に向けた基本合意書を締結していた。資本参加も含めた検討は2024年夏頃から本格化したという。ウォレットの「役割の変化」がその背景にあると吉田氏は説明した。

「日本にステーブルコインが登場する以前のウォレットは、NFTやSBTの容れ物で、それだけではビジネスは難しかった。米ドル建て、そして日本円建てステーブルコインが登場したことで、ウォレットはようやく、保管、決済、取引までを含めたデジタル資産の重要なハブになった」

オンチェーン取引において、すでに2022年時点で「トランザクション数ベースではウォレットが世界のデジタル資産取引の半分以上を占める」と吉田氏は指摘。さらに「日本はこの領域で遅れを取っていることは事実だ。“日本のメタマスク” となるウォレットサービスを提供したい」と続けた。

初心者にはまだ高いハードル

アンホステッドウォレットの普及には、大きな課題が2つあるだろう。1つはセルフカストディ、つまり「自己責任」という大前提を理解してもらうこと。日本の従来の金融サービスでは、利用者は手厚く保護されてきた。

もう1つはUI/UX、端的に言えば「使いやすさ」だ。特に万博で「ミャクミャクリワードプログラム」のために使っていた人は、生まれ変わった姿に驚いただろう。

吉田氏は「UXについては、1月13日以降に改善していく」と述べた。1月13日までは「ミャクペ!」などの万博関連サービスが継続しているが、終了後はUXおよびシステムを大きく改善していく。

「12月から約1億2000万人のPontaユーザー、3900万人のau PAYユーザーと連携してサービスを提供している。オンランプ/オフランプの面では、まずはKDDI経済圏からの入金/出金がよりスムーズになるような改善を行っていく」

つまり、Pontaポイントをステーブルコインに交換するための「入口」およびステーブルコインをau PAYにチャージするための「出口」の整備、強化、普及を推進していく計画だ。

「国内でサービスを提供するにあたっては、まださまざまな制約が存在する。その制約を乗り越えて、日本の法規制に則った形で良いユーザー体験を実現できるようにしたい」

スマートウォレット化

システム面では「EIP(イーサリアム改善提案)-7702」への対応を2026年初旬から行なっていく予定だ。ブロックチェーンの取引手数料(ガス代)をウォレット側、つまり「HashPort Wallet」側で負担し、ユーザーは「ガスレス」でサービスが使えるようになる。「スマートウォレット化」とも呼ばれている。

今でもすでに、連携する一部のスワップサービス(トークンの交換サービス)ではガスレスが実現している。例えば、JPYCとcbBTCのスワップ(JPYCでのcbBTC購入)に際して、ブロックチェーン(JPYCはPolygon、cbBTCはBase)の取引手数料はかからない。必要なのは、スワップ手数料のみだ。

alt 〈JPYCとcbBTCの交換はワンクリックで可能〉

詳しく説明すると、Polygon上のJPYCを使って、Base上のcbBTCを購入するには、まずチェーンの違い(PolygonとBase)を乗り越える必要がある。そのために「ブリッジ」と呼ばれるサービスを使う必要があり、手数料がかかる。もちろん、それぞれのチェーン(PolygonとBase)の手数料も必要だ。

さらにグローバルでみるとJPYCはまだ規模が小さいので、JPYCをcbBTCにダイレクトに交換することはできない。そのため、JPYCをまずUSDCに変えて、USDCでcbBTCを購入することになり、このプロセスにも手数料がかかる。

各チェーンでガス代が必要ということは、対応する暗号資産が必要になり、例えば、JPYCを動かすために、暗号資産ポリゴン(POL)が必要ということになる。トータルで見ると、非常に面倒で複雑な作業になるが、HashPort Walletの連携する一部スワップサービスでは、この作業がワンタップ、かつ一部はガスレスだ。X上ではこの機能に既存のDeFiユーザーに「喜んでいただいた」と吉田氏は述べた。

EIP-7702への対応は、ガスレスの範囲を拡大する取り組みとも言える。

「現状、ガスレスはスワップ側のスポンサーシップ(ガス代の負担)によって実現されているが、通貨ペアが限られている。スマートウォレット化すると、多様なサービスでガスレスが実現できるようになり、ユーザーにとっては今以上に使いやすくなる」

AI時代の金融サービスとDeFi(分散型金融)

そして、さらに大きく進めて行きたいのは「AIエージェントの領域」と吉田氏は述べた。

「ウォレットの一番重要なユーザーは、人間ではなくてAIになっていくと考えている。今、私が株券を担保に日本円を借りて、暗号資産を購入したいと考えても、証券会社、銀行、暗号資産取引所でそれぞれ手続きが必要になる。しかし、株券がセキュリティ・トークンの形でウォレットに入り、日本円がステーブルコインの形でウォレットに入れば、AIにとってはすべてブロックチェーン上で動かせる“トークン”ということになる。すべてが滑らかに融合し、AIが最適な条件を選んで、金融取引を行う時代がやってくる。その時、ウォレットはAI時代の金融インフラとして重要な役割を持つようになる」

暗号資産/ブロックチェーンとAIの親和性は、多くの業界関係者が語っている。だが、難しい論点が1つある。DeFi(分散型金融)との向き合い方だ。

AIがブロックチェーン上で金融取引を行うとき、アクセスする先はブロックチェーン上にプログラムとして構築されている金融サービス、いわゆるDeFi(分散型金融)だ。AIによる取引は近い将来の話としても、ウォレットの利用・普及が議論される時に、DeFiへのアクセスは議論が分かれるテーマとなっている。

暗号資産は、規制の枠組みを金融商品取引法(金商法)に移行する方針が定められた。6月の通常国会での制度改正が見込まれている。金商法への移行によって、暗号資産は金融商品のひとつと定義され、より厳しい規制が課せられることになる。

規制整備が進む一方で、DeFiはブロックチェーン上に存在するサービスであり、日本の法律が及ぶ範囲を超えている。生成AIを考えてみてほしい。現状、人気の生成AIのほとんどは海外の大手テック企業が開発・提供している。AIに関連して何か問題があったとしても、AIをどのように規制すれば良いのか。DeFiについても同じだ。

規制との向き合い方

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実際、年末に金融庁が公表した金融審議会暗号資産制度に関するワーキング・グループ(WG)報告概要の参考資料には、DeFiにおける主要サービスであるDEX(分散型取引所)について「現状のDEXについては、そのプロトコルの開発・設置は、自らは顧客への勧誘を行わず、開発後はプロトコルでサービスが提供されて人為的要素が少ない等の特徴がある。また、欧米においては、一定のDEXについて規制の対象外との整理がなされている」と記されている。

吉田氏は「DeFiはあくまでもサードパーティのサービスであり、ユーザーにはHashPort Walletを使って、サードパーティのサービスに接続していただく形になる」と述べた。

DeFiについては、国内のみならず、グローバルで見ても、明確な規制を定めたところはない。金融審議会WG報告書は「DEXにとどまらず、DeFi(Decentralized Finance)についても、将来的な規制のあり方を考える上でその実態把握が必要であるとの意見があった」と脚注に記している。

「ウォレットは、インターネットにおけるブラウザのようなものだと思っている。ブラウザに表示されるサイトを検閲したり、ブロックしたりするのは一部の独裁国家しかない。Free Blockchain Access(自由なブロックチェーンアクセス)はすべての人に保証されるべき自由であり、HashPort Walletを立ち上げた時のスプラッシュスクリーンにも記載している。HashPort Walletは、その自由を担保するサービスだと考えている」

もちろんユーザー保護、ユーザーへの教育・啓蒙も「非常に重視している」が、「グローバルサービスとイコールフッティングのルールであることが重要」と吉田氏は強調した。

「ルールメイクが進んでいる間も、グローバルではビジネスは進化している。ルールメイクが終わることを待っているだけでは、日本はウォレットの世界でも大きく世界に遅れを取ることになる。規制当局と事業者が対話を続け、日本の法規制を遵守しながら、可能な限りグローバル基準のサービスを提供していくことが大切だと思う」

暗号資産ではなく、ブロックチェーンの社会実装へ

2026年、規制の金商法への移行を経て、Web3/ブロックチェーン、暗号資産、ステーブルコイン、そしてウォレットはどのように進化していくのだろうか。

吉田氏は「ウォレットが社会の中でインフラとしてのポジションを確立する年になると考えている」と述べ、さらに暗号資産の社会実装はある程度進んだと指摘。「ブロックチェーン技術の社会実装が真に進んだ1年にしていきたい」と続けた。

その意味でステーブルコインの登場は大きいと振り返り、「プロダクトが説明しやすくなった」と明かした。ステーブルコイン決済は、クレジットカード決済、QRコード決済に比べると、低コストであることは明らか。

「難しい概念を説明する必要がなくなった。シンプルにコスト削減をアピールできるようになった」

HashPortは、ミッションに「まだ見ぬ価値を暮らしの中へ」を掲げている。特に重要なことは「暮らしの中へ」であり、「一部の特別な人しか使えないサービスではなく、サービスが本当の意味で社会実装され、マスアダプションされることが重要だと考えている」と吉田氏は語った。

|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:多田圭佑


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